母からの手紙
先日の12月25日、クリスマスに
母から手紙と私が3歳の時の写真が送られてきた。
母からしたら懐かしい、かつて可愛かった娘(私)の写真。
どうして今更なの感は否めないが、私は半ば強制的に幼い私と写真で対面した。
親戚の会社の野球大会で初めて出来たお友達と仲良く写真に収まっている3歳の私は心から笑っていてその笑顔が純粋に楽しそうだ。
幼く、純真無垢と言う言葉がそのまま当てはまる笑顔に複雑な想いがした。
こんな時もあったんだなと、、、。
昔の記憶があの辛い時期を基本に考えてしまう自分が居る。
私は10年ほど前から、母と距離を置いてきたし、連絡も取らないで来ていた。
父と母の夫婦の間に挟まれ辛い思いもたくさんしたし、父から受けた性虐待も、母が家出をした後から酷くなって日常化してきた。
経緯を語ると長くなるのだけれど、、、
しかし今年の10月
母が癌になったことを母自ら報告して来たのを機に医者の説明を聞いたり、手術に付き添ったりして来た。
母が病になったということで、このまま無視し続け母にもし何かあった時、私自身がその時の事を後悔をするのではないのか?と母のためでなく自分のためだと思ったからだ。
それに互い歳をとり色々あったけど、実の母親であるのだから少しは歩み寄れるのではないか?と期待していた部分もあった。
母は病になったことで老い先不安で寂しいだろう。その気持ちはわかるので少し優しくしてあげようと思った。
でも、母の記憶は過去の事はなかった事になっていて無神経にわたしをえぐる。
過去の思い出を美化する。
父の話しを楽しそうに私に語る。父の人柄を褒める。(父は外面が凄くいい)
そして決定的だったのは、世間話しから「透明なゆりかご」というドラマを是非観てみてと勧めてきた。
数日後、偶然家のテレビに自動録画して撮りためていたドラマの山にあったので何気なく観てみたら産婦人科の見習い看護師の話しで、毎回テーマが違うのだが、父親に性虐待された少女が描かれている回があった。
少女は父親を庇って告白出来なくて苦悩する。
母は何を私に言いたくてこのドラマを勧めたのかと一瞬でフラッシュバックしてしまった。
私は思い切って、避け続けていた事を母に聞いてみた。私はお父さんに暴力と、性虐待を受けて児童相談所に保護されたことがあったよね。と
すると母の顔色が変わった。
あのドラマを勧めたことに、そこまで深い意味がないと言った。そして謝罪してきた。
きっと嘘ではない。そうなんだろう。
自分都合でなかった事にする。
母はいつも無神経にわたしをえぐる。
今回の写真もそう。
彼女には、クリスマスのサプライズぐらいの軽い考えなのだ。
敏感すぎる私が悪いのか?
こんな事でダメージを受けるわたしが弱いのかとまた自分で自分を責めてしまう。
やはり、また母と距離を置きたいと思った。